マザース三日坊主

表明文のような

はじめまして。
4月に入社しました、拝野です。よろしくお願いいたします。
このブログで何を書こうか迷ったのですが、ネタもないので、
自身のことについて少々書こうかと思います。
つまらない上に、なんと面白みに欠けることか。初回は許してください。

私は最近になって、目標および夢を決めました。
ちいさなことも、ちょっと時間がかかるであろうこともまとめて、
今後自分の仕事を頑張るための指針にしようと思っています。
この目標を決めるとき、選択って重要だなあと思いました。
選択肢次第でエンディングが変わるのは、ゲームに限った話じゃないなあと。
セーブ機能って偉大だなあと。

今更ながらに、もっと大きな夢も見つけたいなと思わないでもないのですが、
いかんせん、自分のできそうな範囲を決めつけてしまうきらいがあるので、
そこまで大きな夢はありません。
それでも、先述した目標の中には、自分にとっては結構大きいものもあります。
即座の手のひら返し。どっちやねん。

でも、絶対に叶えたい。

実現するのはいつになるかわからないですが、頑張ります。よっしゃ〜。

さて、目標の内容ですが、そのひとつに
「バク転できるようになる」
というのがあります。仕事、まったく関係ない。

これを掲げた理由は「できたらかっこいいから」。単純か。
おまえがやったってかっこよくないぞ、という声は聞きません、効きません。

これについて、進捗はまったくありません。努力段階です。がんばるぞ〜〜〜。
もっともっと、夢ときらきらしたものを見出して、人生を謳歌したいものだなあ
と思います。
超新星のようになれるか、はてさて。

ここまでぐだぐだ恥ずかしいことを言っていますが、目下の目標は、
「はやく社内の業務を身につけて、“使える奴”になること」です。
これこそ達成はいつになるのか。どうぞよろしくお願いいたします。
ところで、このブログは一体どこに向けて発信しているものなんでしょうかね。

はじめまして

はじめまして。今年の4月に入社しました、斉藤由利佳です。
初めてなので、自己紹介します。
一人っ子、B型、さそり座という、トリプルわがままマンです。
3月まで横浜にある自然いっぱいの大学に通ってました。

大学内には、蛇出ます。リス、出ます。
そんな場所で、講義に出たり、寝たり、映画観たり、寝たり、
楽器弾いたり、寝たり…という4年間を送っていました。
これを聞いて分かりますでしょうか、何を隠そう、ゴリゴリのゆとり世代です。

高校生までは、「これだからゆとりは、」と言ってくる大人に
牙をむいたりもしていましたが、今では自分から「ゆとりなんです〜」と
アピールするまでに成り下がりました。

今となっては
「これが君らの生んだゆとりモンスターだ〜どうだ〜〜見たまえ〜〜」
という境地にまで達しています。

なんか、話それましたね。

親が屋久島の生まれなので、3年に1度くらいのペースで遊びに行っています。
でも屋久杉をまだこの目で見たことがないです。今年こそ見てみたい。

名前について書かれている先輩方が多いので、私も書きたいのですが、
母親に聞いても、“本当は「めろん」にしようと思ってた”だの、
“超能力者のユリ・ゲラーから取った”だのはぐらかされ続けてきているので、
真相はまだ謎のままです。

こんな人間ですが、暖かく見守っていただけたら有り難いです。

「本の場所」で

始まる頃にもここで告知されていた「本の場所」。
毎月順調に回を重ねて先月私が出席した会はNO.35でした。
表参道の30人程でいっぱいになるシンプルに設えられた半地下の四角い部屋で、
小説家が自らの小説を朗読するのを丸椅子に座って静かに聞く会。
時には若冲や暁斎の本物が
「美術のおまけ」と称されて何気なく壁に掛けられていたりもします。

「本の場所」という奇妙な会が始まった時、
どうなるのかな? 何が起こるのかな?と漠然とした思いがありました。
朗読会。詩ならありそうだけど小説ってどうなんだろう、
数ある小説の中から自分が興味のある作家の可能性がそんなにあるかしら、
始まる頃は想像もしなかったですが、気になる作家やその関係など
日時が合えば行くことにしてかれこれ10回近く通いました。
普段、字を目で追ってページをめくることで進められる小説を読むこと=読書が、
別な形で体験でき、予想外の面白しろさ、お得な感じです。
小説家本人の声で音として耳で聞く、小説の新しい体験。
まずは最初の一声でへぇ~こんな声…と思い、こんなリズムで…と感心し、
あとで話される制作裏話や作家自身の生の声など、
同じ小説なのに別なもののような新たな発見。
そして時にはその場に一緒にいる人たちとの共感めいたもの。
同じところで笑う、ちょっとざわめく…、こんな人も読むんでるのか…、
小さなライブハウスで音楽を聞くのと似ているのかもしれませんが、
一人の読書ではこんな味わいはないので、なんか不思議な感覚です。

5月、第35回の会は
川崎さんの新しい小説
『あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった』
(河出書房新社 5月26日発売)の朗読会でした。

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店頭に並んで間もない時期なのでこれから読む人にも配慮された内容で
最新作の小説を真摯に披露する川崎さん。
おそらく人生で初めてなのではと想像する人前での朗読、
普段の話し方とはちょっと違う抑揚を抑えた、少し硬さを帯びた丁寧な読み方、
どうでしょうか?という感じで。
小説の内容は近親の死と記憶にまつわる話。これまでの小説にも共通するテーマ。
平山という主人公と一回り以上歳上の妻ユキコさんとの会話が中核となって展開
します。
その会話が時には現実離れしたり、深い記憶の不確かさがユーモアになったり、
音で伝えられる小説はなんだか生き物のような気さえします。
まだ読んでいないのに、「面白いぞ、これは!」と期待させられます。
朗読の合間に、
その主人公の名前が小津映画に影響を受けてつけられたこと、
タイトルは初めに思っていたのとは違うものになったこと、
小説の中に出てくる自身の子供の頃や若い頃の思い出の子細が語られます。
これから読む時にかなりのリアリテイを与えてくれそうな予感です。

続いて、出版社の都合でもう読めなくなっていた『彼女は長い間猫に話しかけた』が
再録されていて、そちらも少し説明を加えながら朗読されます。
同じ作家の作品なのに、ちょっと読んだだけでだいぶ違うことが分かります。
今の作風に変化した初期のこの作品から十年以上の経過のせいなのでしょうか。
自身も坂道、白い煙突、漬物石、山手線の陸橋等々共通していることがいっぱいある
と分析しつつ、でも小説は確かに進化を遂げているように耳に届きます。
偉そうなことは言えないですが、ずっと貫いてきた自分の書き方が
ここで熟成してきているのかもしれないと、ぼんやり考えます。

これまでの小説では、本質に迫るあまり、
そこに至るまでの過程や本質から少し外れた曖昧なものは排除されて、
切れ味のよい研ぎ澄まされた言葉が並んでいて確かにそうだと感じはすれども、
受け止めきれていなかった気がします。
ずうっとテーマになっている「親の死」については、特に。
今度の小説はちょっと違う気がします、すっと引き込まれて
川崎さんの世界に親しみをもって連れていかれる感じがします。
それが朗読という形式のせいなのか、
小説の変化のせいなのか定かではありません。
たとえ感情を抑えて読んだとしても、それが作者の声で届けられると
その世界が生き物のように膨らんで届くのか、
だとしたら朗読会は、行けるなら、ホントに行った方がいいかもですね。

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