マザース三日坊主

日本語の秋

秋ですね。
秋といえば読書…と言いたいところですが、
ここのところすっかり活字から遠ざかっていました。

働いていると、たとえば通勤時間などが
貴重な読書の時間になると思うのですが、
私は音楽を聞きながら本を読むことができないため
(どっちかしか頭に入らない)、
音楽を聞きたい期間が続くとさっぱり本を読まなくなります。

自宅ではそれなりの時間をマンガとテレビに当てているので、
その時間を読書に明け渡せばいいようなものですが、
案外そうもいきません。
マンガなら家人の会話にあいづち(生返事?)くらいは打てますし、
テレビなら共通の笑いと話題を生むこともできますが、
読書はそうはいかないので家庭不和を招きかねません。

という言い訳のもと、
しばらく読書らしい読書をしていなかったところ、
なんだかてきめんに日本語力が落ちたような気がします。

相手の話を聞いて、
あるいは文章を読んでその言葉をきちんと理解する、
そして自分が伝えたいことを正確な言葉で相手に伝える、
そういうことが急にできなくなったように感じたのです。

若いころは読書をしばらくしなくても
そんな感覚には陥らなかったと思うので、
これは老化か、「無知を知る」域に自分が入ったのか、
どちらなのでしょうか…。

とにかく、どんどん自分が馬鹿になっていき、
急に日本語が外国語みたいに不自由なものになってしまうのが
怖いので、一念発起して読書に立ち返ることにしました。

さっそく本屋さんで購入したのは、
『話し言葉の日本語』(井上ひさし・平田オリザ/新潮文庫)
20141105_163058

このセレクトからも、
私の危機感が手に取るように透けて見え、胸を打ちますね。

まだ読み途中なのですが、リハビリも兼ねて、
この本を読んで感じたことをブログに書いてみよう!
というのがこの記事の趣旨なのですが、
なんだか長くなりそうなので記事にするのは
本を読み終わってからにしようと思います。

ちなみにあくまでまだ読み途中ではありますが、
この本おもしろいです。
日本語って難しくもおもしろく、
こんな言葉を操れるのは楽しいことだなあと思えます。

それにしても、会社が白金高輪に引越し、
大きい本屋に行く機会が激減したのですが、
やっぱりいつ行っても本屋は素晴らしい。

本屋で棚と棚の間をうろうろしているだけで
知能が少し回復する気がします。

割と秋らしくも個人的な内容でしたね。

ではまた、「感想文の秋」でお会いしましょう。