マザース三日坊主

テマヒマ

手間ひまかけて、何かを作るのっていいなぁ〜って思うことがあって、コツコツじっくりと、時間のことを気にしないで何かを作ってみたいなぁと思っていました。
毎年1月頃に出始める水仙の花を生けるのにちょうどいい花瓶がないので、もしかして自分で作ってみるのはどうかな…と、1月、土をこねることから始めてみました。
今は陶芸教室に行くと、そんな手間ひまかけなくてもなんだかサッサと出来てしまうんですね。3月、どうでしょう、初めての花瓶が出来ました。
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水仙にもいい具合ですが、今は菜の花を生けたりしています。
土を素手で触る新鮮な感触と自分で自由に形を変えられるのに思った形にはなかなかならない複雑な感覚。普段は使わないところを使っているのか、心地よい深部疲労感。何か形ある物を作って行く過程は面白くて、なんだか体験だけでは済まなそうな気配。
手間ひまとつながるのかは分かりませんが。
手間ひまかけて何かを作ることが頭に引っかかっていた理由は、震災の翌年の21_21 DESIGN SIGHTでの東北をテーマにしたテマヒマ展「東北の食と住」に行った時からです。
そこに展示されていた物は手間ひまかかっているのだけど、すごく地味で、でもとても温かく優しくて、ずうっと忘れたくないと思う物や忘れたくないと思う技だったりしました。
展示会のディレクターの一人である深澤直人さんがメッセージとして書かれていたことがとても印象深かったので、その一部を良かったら読んでください。
「この生活には手間ひまがかかっている。しかし穏やかで強く、迷いがない。このペースは自然と共生して来た長い経験によって、エコロジカル(生態的)な営みに同期し、破綻がない。手間ひまをかけるものづくりは常に『準備』である。その営みに終わりはないし完成もない。しかしその手間ひまが生み出すリズムが、行く先を見失いかけている今の人間のペースを穏やかに緩和し、大切な何かを明示し、焦りの心にひとつの糧を与えてくれるような気がしてならない。
訪ねる東北の先々で必ず同じ質問をしてみた。『なぜもっと楽に、合理的な方法でやろうとしないんですか?』と。返事は、『??….。無理をしないってことかなぁ』と。『無理』は循環を壊してしまうことを意味している。粘り強く淡々と繰り返される一見単純そうに見える作業が、穏やかで豊かな生活の循環を生み出している。東北には今、人が見失いかけている真の豊かさの定義と、飾らない美の真髄が潜んでいると確信している。」

タクシーの話

こんにちは、1年目の菊池です。
会社に入ってタクシーに乗る機会が非常に増えました。学生時代はよほどのことがなければタクシーなど使いませんし、そもそもタクシーを使うという発想が無く、終電を逃すというのはかなりヤバいことでした。今では仕事が終電までに終わらなければタクシーで自宅まで帰ることもしばしばですし、荷物が多い、急いでいる、などの理由で頻繁に利用します。
ある時、大量の荷物をトランクにのせ、さらに入りきらない荷物と共に座席に乗り込み行き先を告げると、運転手の方が「イベントか何かですか?」と聞いてきたので、「まあそんな感じです」と答えると、運転手さんはこう続けました。
「実は私も以前イベントの仕事やっていたんですよ。ディズニーランドでパレードとかやってるじゃないですか。あれってものすごく沢山の部署があってものすごく沢山の人が動いてるんですけど、それの総合ディレクターみたいなことやってたんですよね。
ほんとに寝る間もないほど忙しくて、インスタントフードばっかり食べて倒れる人も多かったですね。だからお客さんもホント体には気をつけた方がいいですよ。」
その運転手さんは40代前後の、比較的丁寧で紳士的な方でした。1日に何度も乗ったりしていると色んな運転手の方にも出会います。
あと、時々先輩方から体験談を聞く、「お客さん、前にも乗せましたよ」というのを経験してみたいです。

大きくなった、みんなへ

こんにちは、宇田川です。
突然ですが最近、こんな動画を見つけました。
http://www.youtube.com/watch?v=lrT2QknXB7A&feature=youtu.be
子どもの頃見ていたのっぽさんから、今のわたしたちへ向けてのメッセージです。
ただテレビで見てただけなのに、「あの時はお世話になりました」とお礼を言いたいような、背筋が伸びる思いがします。
遠い記憶の中の人に語りかけられるのは、なんとも不思議な気持ちですね。
そしてまさに今、うちにはちびっこが一人おります。
申し遅れましたが私、一昨年に長男を出産いたしました。
現在1歳3カ月になりました。
そんな息子とたまに、工作をして遊びます。
いっしょに、というか、基本わたしが作って、それを自由に息子が遊ぶ・・・というものです。
最近いっしょに遊んでいるのがこちらの「カード落とし」。
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いま、指でなにかをつまんだりと、指先の細かい動きが上手になってきている時期のようで、部屋の中でもいろんなものが気付くと変な場所に移動されている状態です。
このカード落としも作ってみると思った通り夢中になってくれました。
おもちゃは、ただ与えればいいというわけでもなくて、やはりその子の月齢にあった遊びを考えてあげるのが大切です。
ちなみに月齢にあってないと、無視されたり、間違った遊び方をされたり、投げられたり、壊されたりします。
そんな切なさを乗り越えて、夢中になってくれると「しめしめ!」です。
ただ、良かれと思って紙で貼ったゴリラのくちびるやらはすぐにむしり取られましたが。。
子どもの成長は本当にあっという間ですが、いっしょにものづくりをすることによって、その子の今を確認できたり、また、成長を促すお手伝いをすることが出来ます。
のっぽさんの言うとおり、子どもの「できた」や、驚き、発見の表情を見るのはほんとうに面白いです。
また、一歳児だと思ってあなどっていると、予想以上の行動をします。
出来たときにたっぷり褒めると、嬉しそうな顔をするし、一人前にちょっと調子に乗ったりもします。
もうそんなことが出来るの?と、こちらが気付かされることもたくさんです。
息子の成長とともに、自分も成長しなければ、止まっている(むしろ劣化している)場合ではない、と思わされます。
なんだか真面目めいた話になっちゃいましたが、子ども、おもしろいです。
日々おもしろエピソードの連続です。
次回は子どもおもしろ話を書きたいと思います。

うらぎり

みなさんこんにちは、まだ寒いですね。
僕、去年の秋ぐらいから釣りをはじめました。
小さい頃は、わりとよく父親に連れられて小魚を釣りに行ってたので、全くの素人という訳では無いですが、釣り具屋の店員さんに言われるがままに道具をそろえ、教えてもらったポイントに出かけています。
で、2回目か3回目かの話です。
基本的に釣りに関する知識はゼロなので、不測の事態が発生したときには、隣のおじさんに助けを求めることになります。
たいていのおじさんは、第3のビールを飲みながら釣りをしています。
ここで何が釣れて、何をしてはマナー違反だ、みたいなことはそのおじさん達の様子を見れば、もしくは聞けば、だいたい分かります。
たいていのおじさんは、第3のビールを飲みながら釣りをしているのですが、この日のおじさんは奥さんと来ていて、2人で竿を10本くらい岸壁に立てて、車で待機しつつ、たまにアタリを確認しにくる、というスタイルでした。
その、アタリを確認しに僕の隣におじさんが来たときなんですが、
「おい、ブタが浮いてるから場所かえるぞ。」
と車内で暖をとっている奥さんに言ったのが聞こえました。
おそらく、フグかなんかを釣り用語ではブタと言うんだろうな、そうか、フグが浮くとあんまり釣れないのか、僕も場所かえようかなぁ、なんて思いつつ、真下の海面を見ると、自分の目を疑いましたが、本当の豚が浮いていました。
なぜ海に豚が浮いているのか。
おじさんがあまりにも普通に、ワカメが浮いてるみたいに「ブタが浮いてる」と言うのが奇妙で、思わず、
「すみません、何でブタが浮いてるんですか。」
と、岸壁に立てた竿を、別のポイントに移動させようとしているおじさん夫婦に聞いてしまいましたが、
「海に落ちる前に死んだか、落ちてから死んだか、どっちかだろうなぁ」
という答えに、僕の脳みそは完全にショートしてしまいました。
結局、この日は僕もおじさんも何も釣れず、おじさんは、やはり第3のビールを飲んだ後なので、奥さんの運転で帰っていきました。
気持ちのいい出来事では全く無いですが、何かが引っかかり、ふとした時に、この一件のことをよく考えるのであります。